2019年、明けましておめでとう

年が明ける頃も、明けてからしばらくしてからも、ずっとパソコンの中身やデータの整理したり、バックアップを取ったりしていた。今更、iCloud、すごい、感動している。私の9年目のiMacはもうOSがサポートされてない。バックアップ、大好きだ。でも、もう、全部なんて無理かもしれない。何台もあるHDDの通電テストをしたり、ついでに部屋の片付けなんかもしていたから、麻雀をやろうと誘われたのに、ふにゃふにゃした返事をして、気が乗らなかった。だって、一年以上、やってないから、忘れた。前も、禁煙したあと、麻雀するのが不安だった。吸いたくなるから苦しいだろうと。でも、それとは別の理由で、私は禁煙を破った。まず、旅行へ行って、煙草を吸った。そのあとは、なし崩しだ。まあもう今は別に平気だ。

釣りバカ日誌を見ながら麻雀。まったく上達しない。するわけない…。ひどい手でどうにかあがる…。昔はぼーっとしてて叔父にめちゃくちゃキレられたりしたっけ。叔父は賭け事(賭けてないけど)になるとめっちゃ怖いのです。

翌日は馴染みの友人と浅草寺へ初詣。ひとり体調不良で来れず。(あとでインフルエンザとわかる)初詣なんて、実際初めて行った。小さい頃から家族は正月仕事だからか。浅草寺は、ずっと昔に、年越し、屋台のバイトをやったことがある。しかし、みんなボロボロになるまで働くので、疲れすぎて、本堂まで歩くことすら出来なかった。一緒に働いた、ビザが切れた中国人の男子と、足を踏んづけあって帰り、荷台に彼を乗せて自転車を漕いだのは、甘すぎる思い出。かなり混んでるだろうと思ったけど、隅田川の花火大会と比べたら、全然余裕。年越しの瞬間じゃないからかな?おみくじを引いたら、二人とも「凶」。日本一、凶が多いんだっけ。いつ引いても凶。まあ、がっかり、かな…。早めに解散。

翌日、彼氏と今度は大宮八幡宮へ。寝起きで行ったら、屋台どこも、まだやってなかった。おみくじ引いたら今度は大吉。次は、毎年の恒例だというので、柴又、帝釈天まで。かなり離れる。そんなに色んな所の初詣ばっかりいって、いいものだろうかと、ちょっとおもう。最後は、吉でした。もう、なんでも、ありがとうございます。

実家へ帰ると、年賀状が二枚、結婚した子と、子供が産まれた子から届いていた。せっかくここ数年は年賀状ゼロになって楽になったのに復活してしまった…と正直おもったが…お返事書いてすぐ出した。(手紙は本当に嬉しいけど、年賀状の印刷がすごく苦手で、二枚印刷するだけでも、一枚無駄にしてしまった。それで、150円の最初からイラストが印刷されてるやつを買ってきた)彼氏の方も同じで、結婚と子供で年賀状だすんだな、とおもった。でも、私に便りをくれるんだもんなあ。

リリー・フランキーだったと思うけど、感性は年を取らない、って言ってたと思うんだけど、ほんとかな。違う、取りたくない、って言ってたんだっけ。ものを知らなくて、考える力が無くて、わからないことが多い、ってことは昔から、本当にたくさんある、毎日ある。そして、なんか、ついていけてないんじゃないか?って思うことが、どんどん増えてきた。もしかして、年をとってしまったせいにするのは、いけないことかもしれないけど、自分の親とかを見ていて、それってもう、もういうものだって納得していたように、自分もなっていくのだろうか。だってなんか、これって自分の守備範囲って思ってたものの良さまで、なんかわかんないようになってきたぞ。あんなに信頼してた人が、これをいいって言ってるってことは、これは、いいんだろうか。ほんとに?ついていけなくなってるぞ。教えてくれ、よさを…。昔、公園で話したみたいには、このかっこよさ、もう話してくれないのかな…。好きじゃない、じゃなくて、ついていけないくなってきてる。わからなくなってきている…。

世の中は、頭のいい人向けにできているのでは…。色々、手続きとか…。でも、結構、頑張って聞いたり、調べたりすれば…大丈夫…なんていっても、インターネットがあるからね…それでだいたいどうにかなる…。新年から、だいぶ不安になってきてしまった。けど、私の新年、「なんでもいい」です。2019年に限らず、もう「なんでもいい」です。こう思えているわけじゃなくて、唱えている。なんでもいい、なんでもいいのだ。なんでもいいと思いたい。まあもう、人から見たら、お前十分「なんでもいい」じゃん!って感じだろうけど。自分だけじゃなく、人に対しても、なんでもいいのだ。こうじゃなきゃだめだなんて。元気でいてくれたらいい。凶でもいい。