まぼろしの思い出

校庭の倉庫の脇で煙草を吸っていると、クラスメイトの友樹が掃除用具を片付けにやってきた。下を向いてやり過ごそうとしたら「なあ」と声をかけられた。「え?」と馬鹿みたいな返事してみると、「別に言わないけどさ、」と友樹。見られたって、どうせこれから夏休みに入って、新学期が始まる頃には忘れて、無かったことみたいになるだろう。もっと他に何か言ってくるのかと思ったけど、黙ったままでいるのが気詰まりで、「一本いる?」と聞いてみた。「タイムが落ちるからいい」と友樹は言った。友樹は水泳部のエースだった。大事な試合を控えてるからって。

夏休みが明けて、また倉庫の脇で鉢合わせた。「試合どうだった?」と声をかけると「別に、ダメだったよ」と言う。「じゃあ、一本いる?」と聞いてみたら、「受験があるから」と今度は言う。友樹は成績も良かった。きっと頭のいい大学に行くんだろう。まだ少し、何か話ができるかと思って、「もう水泳部も引退だね」と言ってみた。友樹は「そしたらすぐ卒業だよ」と言って戻って行った。

卒業式が終わって、廊下で友樹が彼女と写真を撮っているところを見た。目が合うと、少し遠くで煙草を吸うモノマネをして笑いかけてきた。写真くらい一緒に撮ってみたかったけど、友樹は女の子にもモテる。自分が一緒に撮ってとは言い出せなかった。ほんの少し話したことがあるだけ。それもすぐに忘れられてしまうだろう。

噂話は聞いたけど、偶然どこかで会うこともなく時間が過ぎて、また顔を合わせたのは成人式の二次会だった。私はこんなにお酒を飲んだのはほとんど初めてで、少し気持ち悪くなって外の空気を吸おうと思った。会場の外の駐車場に灰皿が置いてあり、一人でそこにいるとたくさんお酒を飲んだのか赤い顔をした友樹がやってきた。

「一本くれよ」

と友樹が言った。ガードレールに二人で寄りかかりながら、煙草一本分だけ話をした。友樹は、もう水泳はやめたこと、あの頃の彼女とはとっくに別れたこと、今はもっと楽しいことがたくさんあることを話してくれた。火照った顔に冷たい空気が気持ち良かった。きっと明日になったら、こうして喋ったことなんて忘れて、私だけがこの日のことをこれから拠り所みたいにして生きて行くことになるんじゃないかと思っていた。