あのころ味方でいてくれた

思ったよりは貧乏だな…。思ったよりはずっと貧乏だな…。確かに…自分のやってきたことを考えてみればどうして今こうなっているのかわかる。東京だって23区外なら住めるだろう、東側より西側のほうがいいかなって、わかってなかったですね…希望する条件で絞ると物件の数が少ないのと駅から遠いのクリアしても築年数は実際見に行って初めて掴めてきた。全然わかってなかったよ!道理でみんな14万とかの部屋住んでる訳だよ…。便利で新しいんだよ…。この条件じゃ埼玉の便利なとこでも無理だよ…。もう千葉しかないんじゃないの…?それか築年数かなり行ってるとこ住むかだな…。でも、実際は、もう少し頑張って家賃払うつもりで、東京の西側で探している。

夜、学生時代の恩師から電話。話をするのは五年ぶりくらい。私のことをあだ名で呼ぶ、菊地凛子に似た声が懐かしい。あれだけお世話になっておきながら、急にいなくなり、自分の勝手でまた連絡して、本当にすみません、と謝る。色々あるのだけれど、最初にちょっとしたきっかけがあり、そのあと自分の具合も悪くなり、あとは元気だったが、あまりに時間が経って気まずくなってしまっていた。でもずっと気になっていた。向こうが、私のことを気にしてくれているのも、人づてに聞いていた。先日、別の先生と電車で偶然会ったのもあって、勇気を出すことにした。

先生が、大きな仕事に携わり、それがすごくうまくいったタイミングだったので、今だ、と思った。手紙を書いて、和菓子が好きな人なので、選んだ。手紙を書くときに、本当に字が下手だなと思って、恥ずかしいどころか、不気味に思うのではないか不安になった。あんなにお世話になって、と何度も言っていたら、そんなに?何したっけ?と言われたので、よく大戸屋でご飯を食べさせてもらいました…と言ったけど、もっと覚えていることは別でたくさんある。

自分の卒業制作の監修についてくれてた時。色々あって学校側からはもっと尺を削れと言われてた。自主制作映画の尺なんて1、長い、2、めっちゃ長い、3、めちゃめちゃ長い、みたいなことばっかなんだけど、学校側に、もっと短くしろ、もっともっと!みたいに言われて、言われまくって、ヤケクソになって、じゃあもう予告編が本編な?みたいな感じになりかけてた時に、この先生だけは、これ以上切らなくていい、話がわからなくなる、って言ってくれたんです。自主制作なんだから好きに作ればいいんですが、卒業制作は話が別で、学校がお金を出してくれた。プレゼンして通ったら脚本の監修ついて制作費もでるという。ただし、制作費は後払いなんですよ。これが後に大変なことになるっていう。お金返して貰う為に言いなりになってしまう。あの時は楽天カードから鬼のようにかかってくる電話に怯え、工場で毎日24カラッツのグッズを発送するバイト…。本当に、キツかったなあ…。一週間で6万稼いでそのまま振り込んでたもんなあ…。100円ローソンのカップラーメン食べて、長い順に並べる吸い殻…。壊れちゃいそうだったょ…。話が逸れた。今のほうがお金全然あるわ。これからは、もし先生とどこかで会っても挨拶できる。ずっとそうしたかった。